霊仙入谷集落(りょうぜんにゅうだに - しゅうらく)

霊仙入谷集落は滋賀県多賀町に存在する廃村集落である。霊仙山の麓に数多く存在する集落の一つであり、山の急斜面に沿って家屋が点在している。近隣の今畑落合と共に旧霊仙村を構成していた集落の1つであり、伝承によるとその昔、この付近にあった城から下った人々が住み着いてできたのが、この場所の始まりであったという。

神社や寺は今でも綺麗に管理されており、廃村となった後も、元住人が定期的に集落に訪れ、管理されており、日本の古く美しい集落の風景を今に伝えている。

この場所の年表

中世 この付近にあった城から下った人々が住み着いて集落が形成される
1459年 谷神社が創建される
1471年 了眼寺がこの地に創建される
1955年8月 大火に見舞われ、僅か2棟を残し集落がほぼ全焼する被害を受けるも、後に復旧している
1990年代 定住者が0となり廃村となる

主なランドマーク

了眼寺

1471年に創建された、浄土真宗本願寺派の寺院で、本尊は阿弥陀如来である。1955年に発生した大火によって、了眼寺も全焼したが、その後、彦根市にあった廃寺 を移築し、再建された。

現在は土壌の崩落により損壊の危機に瀕しているが、2021年には元住人を中心とした有志により補修工事が行われるなど、未だに管理が続けられている。集落の元住人が集まる際の拠点となっており、集落が廃村となった後も、元住人の交流の中心地としての役割を持ち続けています。

谷神社

集落の上部に位置している神社で、1459年創建。祭神は市杵島姫命、弁財天である。元は弁財天であったが、恐らく明治の神仏判然令により市杵島姫神社となったと思われる。

多賀町にある久徳城の城主の妻であった「良姫」は、この地区の祭神であった弁財天の化身とも伝わり、良姫が霊仙に上った際に入谷集落に立ち寄り、櫛とこうがいを民家に預けてから登ったと伝わることから谷神社が建てられたと伝わる。

西坊家屋敷跡の石碑

西坊家屋敷跡の石碑。入谷集落には「西坊」と「大久保」姓の住民が大半を占めており、この碑は住人が先祖代々の地を離れる際に建立したものと思われる。

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