屏風集落(びょうぶ - しゅうらく)
屏風集落は滋賀県多賀町に存在する冬季無人集落である。標高約400m程の山間部に位置し、周辺には後谷、桃原、甲頭倉などの集落がある。現在、定住者はおらず、春から秋にかけての期間のみ元住人が管理に訪れている。
この集落の起源は定かではないが、江戸時代から存在したことが分かっており、盛期には100人を超える住人が暮らしていた。かつては住人の殆どが林業、炭焼きを生業にしていたが、後谷に石灰岩を採掘する鉱山が開業すると、屏風の住人もその多くが鉱山に就業するようになった。これにより住人は安定的な現金収入を得られるようになり、集落は一時活況を帯びた。集落の家屋を見ると瓦葺の屋根が多く、当時の豊かさを伺い知ることができる。しかしながら、その後しばらくして鉱山が閉鎖されると、それと共に屏風集落も衰退の一途を辿ることとなった。
この場所の年表
1869年 | 大火により集落の殆どが焼失する |
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1874年 | 滋賀県に編入され屏風村となる |
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1889年 | 近隣八ヶ村と合併し、芹谷村となる |
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1941年 | 多賀村・久徳村と合併し、多賀町となる |
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主なランドマーク
北野神社
祭神は菅原道真公で由緒は不明。1876年に村社となる。
円徳寺
浄土真宗本願寺派の寺院で、創建は1627年。もとは犬上群平田村にあった明照寺下の道場であった。1869年に集落が大火によって全焼した際に、一度焼失したが、その後再建された。