越波集落(おっぱ - しゅうらく)

岐阜県本巣市の根尾地域に位置する廃村集落である。根尾地域は有数の豪雪地帯でも知られ、冬季は集落への道が完全に閉ざされる。既に定住者はおらず春から秋にかけての期間のみ、定期的に住民が訪れ土地の管理を行っている。その歴史は長く記録によると紀元674には「越浪村」として既に存在していたようである。その後1287年に現在の「越波村」と改められ現在に至る。集落には根尾西川の支流が流れ、現在も夏には子供たちの遊び場となっているなど、辺境に位置する廃村集落とはいえ現在も人の往来は盛んである。

この場所の年表

674年 「越浪村」として既に存在していたことが記録に残る
1287年 集落を名称を「越波」に改める。これはかつてこの地で大地震が起きた際に、大規模な土砂崩れが集落を避けるようにして越えていったことに由来すると伝わる
1640年 村で大火が起き、願養寺を始め、殆どの家屋が焼失した。当時70戸あった家屋はほぼすべて焼け、後に残されたのは1戸のみだったという。
1748年 根尾地域ではその土地柄百姓一揆はあまり起こらなかったが、この年に根尾地域の百姓が代官の出張先へ強訴した記録が残されている
1889年7月1日 町村制により越波村が発足する
1891年10月28日 濃尾地震が発生、越波においては死者2名、軽傷者6名、建物の全壊10棟、半壊39棟の被害を出した
1897年4月1日 周辺の集落と合併し、中根尾村が発足する
1959年9月26日 伊勢湾台風により建物や田畑の流出など大きな被害を被った、越波においてはこれにより陸の孤島と化し、周辺地域との交通が一時完全に寸断された
1965年9月15日 集中豪雨により土砂災害、道や田畑の流出など大きな被害を被る、伊勢湾台風に続いた今回の被害は越波の住民が市街地へ転出するきっかけとなり、これ以降は急激に人口が減少していくこととなる
1985年 根尾村立長嶺小学校越波分校が廃校となる

主なランドマーク

八幡神社

建立時期は不明だが、1759年の「根尾筋村々の神社お尋書帳」には当時は八幡大菩薩社と称したと記録されている。祭神は応神天皇である。

拝殿の壁には古い鰐口が掛けられており、これには”八幡大菩薩 天和二年(1682年)十二月吉日 松葉五兵衛吉嗣”と刻まれている。

神社の境内には幹廻り十数メートルの杉のご神木があり、この神社の古い歴史を物語っている。この杉の大木は村指定の天然記念物にも指定されている。

願養寺

記録によると7世紀後半ごろに創建され、当初は海蔵院根尾寺と称したと伝わる。宗派は真宗誠照寺派で本尊は阿弥陀如来である。

1640年の村火事により宝物の一部を残し全焼するもその後復興された。村で大洪水が起こった際に、経典(法華経)を水中に投じたところ減水し、難を逃れたという伝説が残る。これを機に「越波」と改めたとも。

越波村民の館

元は学校の校舎だったものを、近年建て直したものである。現在は村の集会や宿泊施設として利用されている。

村の教育は願養寺の寺子屋で行われていたが、教育の発展とともに1921年ごろ現在の場所へ校舎が建てられた。当時は総二階の建物であったという。終戦後は中学校の分校も置かれ、総生徒数は70名にものぼったという。人口の減少とともに生徒数も減り始め、1985年に廃校となった。

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