2022/06/02
入谷集落の歴史 – 霊仙山の麓に栄えた山間の集落2021/11/01
消えゆく山村文化、住民の生の声を紹介 – 大河原集落を取材
historicaの安藤です。今回は岐阜県本巣市の根尾地域という場所に位置する大河原集落に訪れました。大河原集落は定住者こそ存在しないものの、今でも元住民を中心とした有志の方々に管理されている集落です。今回はたまたま集落に滞在していた住民に貴重なお話を聞かせていただけたので、そちら内容とともに紹介していきます。
また、大河原集落の歴史については別の記事で詳しくまとめていますので、興味のある方はそちらも併せてチェックしてみてください。
目次
大河原集落へのアクセス
大河原集落は国道157号沿い、岐阜県と福井県の県境付近に位置しています。付近には越波集落、黒津集落などがありますが、いずれも定住者なしの廃村となっています。集落の付近にはバスや電車といった公共交通機関はなく、車やバイクで訪れる方法が唯一となるでしょう。近辺はスマホの電波も通じない場所が多いですので、訪れる予定のある方は十分にご注意ください。また、この辺りは豪雪地帯ということもあり、冬季は国道が封鎖される関係で集落へ至る道は完全に閉ざされています。
ツーリングの方は燃料の残量に十分ご注意を
大河原集落はかなり山深い位置にあり、集落の辺りには何もありません。これも元住人の方に聞いた話ですが、大河原集落の前を走る国道157号では、よくツーリングなどで訪れた人がガス欠で立ち往生することがあったのだとか。確かにこの国道は岐阜方面、福井方面どちらに行っても延々と山道が続き、途中に人里もありません。この大河原集落はそんな国道のちょうど中間地点のような役割を果たしていたのでしょう。昔はよろず屋など旅人が立ち寄れる施設もあったのだとか。
しかし今となってはこの大河原集落も定住者がいなくなってしまったので、週に1回程度訪れる住人の方に運よく出くわさない限りは、人里に辿り着くまでにかなりの距離があります。出発前に燃料の確認は怠らないようにしましょう。
越波集落を経由し大河原集落へ向かう
実はこの日、また別の集落である越波集落の取材もおこなっていました。元住人の方の話によると、この2つの集落は位置が近いこともあり、昔は交流も盛んにあったそうです。 越波集落についてはまた別のコラムでまとめていますので、興味のある方はチェックしてみて下さい。越波から大河原までは、「猫峠林道」を通って車で10分ほどで到着しました。
大河原集落に到着、早速探索していく
集落の周辺は杉林が密集しており、昼間でも薄暗い場所もありました。恐らく夜間は完全に暗闇になるでしょう。大河原集落は主となる通りが集落を貫く形で存在し、その通りを進んで行けば、集落全体にアクセスできる作りになっていました。とはいえ、小規模な集落ですので30分もあれば探索し終えることができました。
集落には未だに管理されている畑が数か所あり、元住民の方の話によると今では二世帯のみがたまに集落に訪れて百姓仕事をしているのだとか。野生の獣のものと思われるフンも道に落ちており、猿や鹿、猪などが頻繁に出没するようです。周辺にはクマ出没注意の看板も見かけたので、辺りを警戒しながら探索を続けていきます。
神聖な雰囲気の漂う神社を発見
大河原の神社は八幡神を祀っています。境内には立派な石段とお社がありました。小高い場所に建てられたお社は、神々しい雰囲気を漂わせています。この神社はよく管理されており、去年にも補修工事が行われたのだとか。どこの集落にもみられる傾向ですが、定住者がいなくなった後も神社だけは定期的に人が訪れて管理されていることが多いです。やはり信仰というのはいつまでも残り続けるものなのでしょう。
他に境内で目を引くのが倒壊した杉の大木です。この大木は台風によって倒壊してしまったらしく、今でも自然に任せるまま放置されていました。倒壊した時に年輪を調べてみたところ樹齢300年近いことが判明したのだとか。この神社もかなり古い時代から人々の信仰を集めていたのでしょう。
住民の方との出会い、貴重なお話を伺いました
しばらく探索をしていると一軒の民家から煙が出ているのを発見。尋ねてみると住民の方が、ちょうど百姓仕事のために集落に訪れていたそう。チャンスとばかりに集落のお話を伺えないかとお願いすると、快くお話を聞かせて頂けました。
以下は集落ご出身の方から直接伺った貴重なインタビューの内容です。
取材班:この集落にはずっとお住まいなんでしょうか?
住民の方:いや、ずっとではなくて週に1回か2回、仕事というわけではないんですけど、仕事は街の方でやっていますので、ここではちょっとした百姓仕事をしています。
取材班:なるほど、畑をやられているんですね、確かに他にも畑をやられているところがちらほら見えました。
住民の方:もうね、獣の被害で・・・。皆さんやっていたんだけど猿とか猪とか鹿とかね。もうそれでね、皆ここまで来て百姓やる魅力もなくなってしまってね。うちぐらいともう一軒だね。
取材班:そうなんですね・・・。お父さんはこの集落のご出身なんですか?
住民の方:私は、ここで生まれて岐阜市の方へ出てしまったんだけど、もうここの住民がいなくなるということで、私がここへ住民票を持ってきて、私だけね。もうこの部落では私だけがここの住民ですね。
取材班:なるほど、やはりこの集落に想いがあったんでしょうか。
住民の方:そうです。やっぱり生まれた家っていうのは・・・無くしたらあれだし。この部落には神社もあるしね。もう本当にね、過疎化していってこの部落も無くなってまうから。私も本当はここに住民票持ってくる立場では多いんだけど。部落が無くなるっていうことでここに持ってきているんだけど。
取材班:集落を出ていかれた方々と現在も交流はあるんでしょうか?
住民の方:ありますよ。ここの部落の人間は結構皆さん固まってて、春とか夏とか秋の日曜日なんかは部落で集会所もあるし、雪囲いとかいろんなあれでね、皆が手伝いに来てやってますよ。
取材班:多いときで何人ぐらい住民の方が居らっしゃったんですか?
住民の方:そうやねー・・・。やっぱり100人近くいたみたいですよ。ここも杉藪になってまったけどもね、あの辺みんな畑とかね、田んぼとか屋敷とかあったんですけど。
取材班:100人ですか!確かにあの辺りは石垣が残っていますね。
住民の方:部落を出るときにこの杉をみんな植えていったんです。
取材班:植えられたんですね!それは何年ぐらい前になるんでしょうか?
住民の方:もうそうやねー・・・。50年前ぐらいになるのかな。
取材班:50年でこんな林になるんですね!確かに道沿いとかも異様な密度で生えているなとは思ったんですよね。
住民の方:そうやね。もうね、本当にもう部落に帰ってこない言うことで、みんな出て行ってしまったからね。そんでそこの畑に杉を植えたのがこれだけ大きくなって。
取材班:なるほど・・・。すごく良いお話をありがとうございます。
取材班:それにしても良いところですよね。
住民の方:まあ、夏は涼しいのと、この空気が良いのはね。街で仕事やっててもここ来ると雰囲気が変わってリフレッシュになるよね。
取材班:確かに夏は凄く過ごしやすそうですね。しかし本当に今日は貴重なお時間を頂きありがとうございました。是非また来年の夏頃に取材させてください。
住民の方:いえいえ、またいつでも来てくださいね。
おまけ:おうちの中の囲炉裏も拝見させていただきました
もくもくとおうちから煙が出ているのが気になったので伺ってみると、なんと囲炉裏で火を焚いているのだとか。観光地などで見たことはありますが普段の生活で使用されている囲炉裏は見たことがなかったので、中を見せていただくことに、本当に厚かましいお願いばかりで申し訳ないです・・・。
大河原集落の取材を終えて
今回は運良く住人の貴重なお話を伺うことができました。こういった生の声というのは誰かが記録に残さなければこの世から失われていってしまいます。今回お話を聞けなければ分からなかったこともたくさんありますし、その場所で生まれ育った方々の体験や思い出というのは、どんな資料にも見付けることができない本当に貴重なものだと思います。我々historicaは今後もこうした人々の営みを記録し世界に発信し続けます。それでは、また次回のレポートでお会いしましょう!
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